2014年8月30日土曜日

入院 5クール目

4クール目の退院から5クール目の入院までは、今回、3週間以上ありました。
お盆、家族旅行、子どもの吹奏楽コンクール、文化祭、いろいろな行事をこなして、Nさんは5クール目の治療のため今週の月曜日に入院しました。


8月の終わり、いつものように、Nさん,Sさん、そして私の3人でランチに出かけた。いつもはSさんの車だけど、今回は私の車で、少し離れた鳴門の海が見えるところまで行った。
水揚げされた魚がそのまま調理されて出てくる、漁港の食堂で私たちは昼食をとることにした。
混んでいたけど、おしゃべりをして待つには、そう退屈しないくらいの時間だった。
どれを食べようか迷ったあげく、Nさんは、また病院で生ものが食べられなくなるから、海鮮丼を選んだ。
ー私もNさんが入院している間はコーヒー断ちしてるから、退院したらコーヒーがどんどん減っていくよ。
「もう、そんなことしたら胃がわるくなるんとちがう」
Nさんが、いった。苦笑い。


店の後ろは、すぐ海。
私たちは食事のあと、「さんぽ道」と書かれた案内を頼りに、防波堤の先に出た。
澄み渡った空、どこまでも続く海。
しばらく、ことばがでなかった。


みんな、きっと、この日の海の青さを忘れないだろう。
人間は、この海の広さに比べればちっぽけな存在だけれど、「生きている」ということは、本当にかけがえのない幸せ、、、「奇跡」なんだと。


この日の夜、「24時間テレビ」でガンと戦った女性の実話のドラマがあった。
ー今、テレビ見てます
「私も見てる。去年までは他人事だったのに、、、、」
ー今日、ランチ食べに行けたのも、海が青かったのも、こうして出会えたのみ、みんな奇跡なのよ。


ありのままに、、、の歌詞が頭に浮かんだ。
あるものを受け入れ、ありのままに生きる
今日もまた、大切なことをNさんが教えてくれた。

2014年8月12日火曜日

4クール終了

Nさんは以前の治療の際、副作用か胃の調子が悪く、食欲が以前と比べて落ちていた。
4クール目の治療のため入院してからは、胃の不快感も取れ、逆に病院食の選択メニューを楽しみにしていたくらいだと言った。
がんばる隊のかれんだーを渡していなかったので、入院6日目くらいに言ってもいいかと聞いたら、今回は白血球が随分下がっているということ。お見舞いは見合わせ、LINEの画像でカレンダーを送った。
「今回はパワーアップしてるみたい」と、Nさんから返事が返ってきた。
―うれしいな


徳島では、毎年お盆の12日から15日まで阿波踊りで賑わう。
Nさんは、若い頃から有名連に入って踊っていた。
子供たちも昨年までその連に入って、毎年阿波踊りに参加していた。
でも、今年は退院が14日になるらしい。
―毎年、阿波踊りに行っていたのにな。、、、
と、夫がポツリと言った。
夫は阿波踊りに対して特別の思いを持っている。
それだけに、Nさんの心中を察したかのように言った。


熱気で溢れる街の様子をテレビで見ながらお盆を楽しむその裏に、今年は一抹の悲哀があった。


焦ってはいけない、ただ、平常心で。
でも、彼女の体の中でガンがどのように変化していくのか、誰にもわからない。
ひたすら、今を生きるのみ。


また、さりげなく、いいつもと変わらぬ時間が過ぎていく。
Nさんは、14日退院の予定を一日早く切り上げて、退院した。
次は、子供たちの文化祭を見るため、入院まで3週間以上あけるという。
5クール目は、9月の第二週からになるだろう。


それまでに、また、Sさんと3人でランチに行こう。

2014年7月31日木曜日

4回目の入院

朝、いつものようにコーヒーをたてて、口元まで持って行って気がついた。
今日はNさんの、4回目の入院日だ。
彼女が入院している間は、わたしもコーヒー断ちをしようと決めている。


ーまだ、病院には行っていないから、この一杯で終わりにしよう。
自分に都合のいいように理由をつけて、朝のコーヒーを飲んだ。
ーNさん、今日、入院?はやいなあ。
と、娘が言った。
ーそんなことないよ。いつもと同じ、3週間、家にいて、2週間入院治療。
娘は、ふ~んと言って、朝食のパンを頬張った。
何事もない、ふつうの、当たり前の朝の光景。


Nさんのウチでは、今日から、また2週間、その当たり前の光景がなくなる。
もしかしたら、もう、このサイクルがNさんの家族には当たり前になってきつつあるのかもしれない。


夏休みの三者面談で、高校2年の娘の担任が、東進の林修氏の言葉を借りて娘を鼓舞した。
「もう、今でしょ!!じゃない。受験競争にフライングもスピード違反もない!!他と差をつけるには、今から走れ」


私はその時、病気との闘いも同じだと思った。
フライングでもいい、スピード違反でもいい。打ち勝ってほしい。
ただ、ただ、それを願うばかり。


トモニガンバル隊のカレンダーを渡していない。
ーまた、お見舞い行くね
Nさんから「楽しみに待っている」と、返事があった。


彼女にとって、本当に役に立てることは何か、また、改めて考え始めている。

2014年7月29日火曜日

土用の丑の日

今日は土用丑の日。
Nさんがずいぶん前に、この日がうなぎの日だと教えてくれた。


前回の入院以来、食欲が落ちているといっていたNさん。
うなぎは食べられたかな。


Nさんは、以前勤めていたショッピングセンターの同僚を通して、うなぎを予約していた。


Nさんは、家族の誕生日はもちろんのこと、季節の行事も大切にしている。
そんなNさんを見習って、近所のスーパーへうなぎを買いに行った、。
店頭で、蒲焼きの香ばしいにおいがする。
ーひとつください


あと、何回、土用の丑の日に家族揃って鰻を食べるだろう。
Nさんのことではない。
土曜日の朝、ボランティア活動で5~6年の付き合いになる男性のMさんが、急死された。
70は近かったのかもしれないが、ついこの間もセミナーでお会いして、言葉を交わしたのだ。
そんなMさんが、ボランティアの最中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
うちで知らせを聞き、唖然とした。


人の命は予測不能だ。
だから、だれでも、考えたほうがいい。
今あることが、明日もあるとは限らないとうこと。


そして、Nさんは、誰よりも今そのことを考えているのだろう。
Nさんに言うことができるなら、こう言いたい。


  
  急がないで。ゆっくり歩いて。


でも、こんなこと、いえるわけがない。
彼女だってそうしたいだろう。できるものなら、そうしたいだろう。


夏休み、家族と一泊旅行に出かけるという。
なかなか、ご主人の仕事の都合がつかなくて家族で出かけるのはむずかしいと以前いっていたのをおもいだす。


まるで、氷のはった、悲しみという湖の上にたっているみたいだ。


あさっては、Nさんの4回目の入院。
戻ってくるのは、お盆の最中か。




  





2014年7月26日土曜日

内祝い

今日は、娘の出産の内祝いを配りに、朝早くから夫といっしょにでかけた。


先日、NさんとSさんが娘の赤ちゃんに会いに来てくれたとき、思いもかけないお祝いをいただいた。首がすわったら着られる服と、歩き出した頃に着られる服。
退院間もないのに、Sさんと一緒に買いに行ってくれたのだ。


Nさんはどんな思いで選んでくれたのだろうか。
自分は、孫の洋服を選ぶことができるのか。
そんなことはかんがえたくない。でも、娘の成人を祝い、結婚式を迎え、やがて孫の顔を見る、そんな当たり前の子どもの成長を、見たいと、、、願っている。


私は、娘が高校生の時に、そんなことは考えてことはなかった。当たり前すぎて、考えようがなかった。
でも、今はわかる。Nさんが教えてくれている。
当たり前のことなんて、ないんだと。


Nさんは、午前中、中学1年の娘さんが出場する吹奏楽コンクールを見に出かけていた。
お昼前に、内祝いを届けた。赤飯、紅白まんじゅう、のり。
それから、そのままSさんと3人でランチに出かけた。
私の夫は、Nさんと食事に出かけることを理解してくれていた。


限られた時間。。。
これは、Nさんに当てはまるのだろうか。


「わたしね、自分がこんな病気になるなんて、本当に信じられなかった」と、Nさんは言った。
ー健康体だし、よく食べるし、体力もあるしね。なぜかしら。
「ストレスやら何やら、いろいろあったからかな」


あと、10年は生きなければー
一度目の入院の後、Nさんが言った言葉が脳裏をかすめる。


10年のために、あなたは、いま、走っているの?あまりスピードあげないでよ、追いつけないから。







2014年7月1日火曜日

3回目の入院

先週の水曜日に、Nさんは3回目の入院をした。ウォーターサーバーの申し込みもちゃっかりやって、入院した。
今回は、1回目の時と同じ内科病棟で、同じ部屋だった。
入院して4日ほど経った頃、Nさんから画像付きのLINEが送られてきた。
「タオルでケアボウシ作ってます。」
相変わらず、病室でも時間をうまく使っている。前向きだなあ。


ちょうどその時、妊娠10ヶ月の長女が破水したので、私は娘と一緒に産婦人科にいた。陣痛を待って出産となるが、初産のためか子宮口が開く速度も、陣痛もゆっくりとしていた。
Nさんが入院して5日目のことだった。


SさんとNさんは、グループLINEで、娘にエールを送ってくれた。
「少しでも陣痛が軽くすむように祈ってます」
「嬉しい報告待ってます」
自分が産むわけではないけれど、ふたりのエールに心から励まされた。
娘は、月曜日の夜7時49分に、元気な女の子を出産した。破水から40時間、じんつうがおこってから18時間、分娩室に入って1時間40分という、超スローペースで、長い時間かかって誕生した。


ーやっと産まれました。おかげさまで母子ともに元気です。
私は、分娩後の娘と赤ちゃんのツーショットを二人に送った。


実は、火曜日にお見舞いに行くと約束していた。
Nさんは、私たちを気遣ってくれていた。
「バタバタしてるだろうから、無理しないで、娘さんについていてあげて」
ーだいじょうぶです。火曜日、Sさんと行くからね。あかちゃんの写真見てね。
Nさんは、楽しみにしていると言ってくれた。白血球もバリバリなので、問題ないと。


結婚や出産のことを話題にするのは、病気と闘う人にとって、はためには無神経と思われるかもしれない。
でも、私には強い願いがある。
Nさんに、希望を持ち続けてもらいたい。


わたしは、Nさんからたくさんのことを教えてもらっている。
いや、たくさんではなく、大事なことは、ただ一つなのだ。
それは、
「今、生きていることが喜びだ」
ということ。
孫の顔を見ることができて、わずらわしいことがあっても、生きているからできるということをわすれていけない。
こんな当たり前のことだけど、気づかせてくれる。
だから、わたしもNさんとともにがんばる。









2014年6月24日火曜日

ウォーターサーバー

先週の金曜日、ウチにウォーターサーバーが届いた。
むすめが出産するのを機に、ミルクも簡単に作れるし、夏に向けて便利だからと、夫があれこれ検索して、コスモのウォーターサーバーを取り寄せた。


Nさん
「わたしも購入しようと思ってたところ」
というわけで、今日は、ウォーターサーバー試飲会となった。
もちろん、Sさんもやってきた。


まずは、水から。そして、ホットドリンク。
Sさんは、別の会社のサーバーを既に使っている。
コスモはRO水と天然水を選ぶことができ、ワンウェイ方式といって、水のボトルをペットボトルとして捨てることができる。リターナブルだと、次の水が届くまで容器を置いておかなければならない。12Lの容器は、結構幅を取る。
コスモにしたもうひとつの決めては、ボトルを機械の下に設置できるという点だった。
サーバーの色も、6種類くらいあった。
ウチは、なぜだかピンクを夫が選んだ。


「motoさん、ピンクにしたんだぁ」と、Nさんが声を張り上げた。
「夫が選んでね。産まれてくる孫は女の子だからかな?」


Nさんは、Sさんの使っているサーバーと、私の使っているものとを比較するため、手帳を開いてメモを取った。
「帰って家族と相談するけど、設置するのは今度退院してからになる」と、Nさん。
―いつ、入院?
「明後日」
ーえ~~~~!!
私たちは、おもわず叫んだ。
ー時間がたつのって早いネ。この間、退院したと思ったのに。。。。


それは、Nさんだって思ってるだろう。だれよりも、そう思っているだろう。できるなら、入院なんかしたくないのだから。病気なんか、なりたくないのだから。


―あのね、お友達紹介キャンペーンがあってね、紹介した人が契約したら、5000円のキャッシュバックがあるんよ。Nさんが契約したら、キャッシュバック使ってみんなでおいしいもの食べに行こう。でも、6月中に契約しないとダメなん。


Nさんは、明後日入院するなら、今日中に決めなければならないから、難しいなと言った。
わたしも、無理だなと思った。


ところが、


その夜
「きめました。motoさん、お友達紹介使うから、また、みんなでおいしいもの食べに行こう」
Nさんからの報告だった。


明後日から、Nさんの3回目の入院が始まる。
そして、退院後は、いつもより豪華なランチが食べられるという目標ができた。
何回続くのか、詳しいことは聞かないし、彼女も何も言わない。
でも、私は、信じています。Nさんは、きっと、この病を克服すると。



2014年6月23日月曜日

日照山極楽寺

長命杉は、極楽浄土を思わせる庭園を通りぬけ数段の石段を上がったところに、
ひっそりと、しかし、堂々と立っていた。
幹にかけられた紅白のヒモ。そのひもを両手で持って、私たちは祈った。


弘法大師お手植えのこの杉は少なくとも樹齢1100年は超えているという。そして、この木の肌に触れると、その逞しい生命力の感応によって長命を保ち、 天寿を全うすることができるという信仰が永く伝えられている。
私たちは、その老大樹を見上げた。30メートルはあるらしいその杉の枝葉には緑が生い茂っている。それだけでも、この木の生命力のすさまじさに圧倒されるのだ。
霊気は、この木の幹に巻かれた紅白の紐をつうじて受ける。千年以上の風雪に耐えた老杉の霊気を受けると、長寿だけでなく病気平癒・身体健全・諸願成就が叶うと言われている。
わたしたちは紐を両手で持ち、目を閉じて一心にその霊気を受けるため心を静めた。
―どうか、彼女に命の力を与えて下さい。


―パワーもらえたかな?
「1100年も生きてる老杉よ。パワーもらえたよ。みんな、あと50年はイケるよ」
―そうそう、50年はいける、いける
SさんもNさんに同調して言った。


―あのねえ、50年はムリよ。せめて40年にして。
彼女たちより10歳は年上の私は、真剣に言った。でも、私の年を知ってか知らずか、SさんもNさんも平気な顔をして、繰り返す。
「50年よ。それくらい、元気で生きなければね。」


Nさん、本当にそうだね。もう、何も心配いらないよ。長命杉から命のパワーをもらったから。
願掛け地蔵にもまいったし、みんなでお参りしたし、お地蔵さんもこの老杉も、きっと私たちの願いを聞いてくるよ。
50年なんて言わない。でも、まだまだ、わたしたちには、やらなければならないことがたくさんある。
だから、ともにがんばろう。


Nさんの3回目の入院が、また、やってくる。



2014年6月17日火曜日

願掛け地蔵

やっと、Nさんを長命杉に連れて行くことができた。もちろん、Sさんもいっしょだ。といっても、実は、案内してくれたのは他でもないNさんだった。大爆笑の一日。「3匹のおっさん」ならぬ3匹のおばさんの濃い一日。

2014年6月11日水曜日

それでじゅうぶん

食べるものがあって食べられて、
住むところがあって眠れて、
着るものがあって楽しめて、
仕事があって働けて、
周りに人がいて声が聞けて、
心配かけて、かけられて、
そして
生きていることを実感する。


これ以上に、何を望むことがあるかしら?


今、生きている。生きている。それでじゅうぶん。

2014年6月9日月曜日

2回目の退院、その後

Nさんが退院後はじめてウチに来ました。
昨日、たくさん淡竹(はちく)をもらったので、おすそわけです。
2時過ぎに、青いニット帽に初夏らしいシャツとパンツをコーディして、Nさんがやってきました。

2014年6月5日木曜日

退院

今日、Nさんが退院した。
予定通り2週間の入院生活だった。

2014年6月2日月曜日

カボチャとベーコンの炒め物

Nさんは、入院中、病院の食事を楽しみの一つにしています。中には、栄養があって、ウチでも簡単に作れるお惣菜があります。料理が得意な長女のY奈ちゃんも、さっそく、ウチで作ったそうです。

2014年5月31日土曜日

入院していても母の役目があります

たとえ病院の中であっても、母親の役目はあります。
ゆっくりとできない、気が休まらないと思う人もいるかもしれませんが、それは、逆に、彼女に生きる力を与えてくれているように思えます。


2014年5月27日火曜日

お見舞いに行った日

今日は、午後からSさんといっしょにNさんのお見舞いに行った。
約束の時間は2時だった。
Sさんと少し早めに会って、時間をつぶしていると
「今日は来れますか?」と、NさんからLINEのメッセージが。

―今から行きま~す。


2014年5月22日木曜日

コーヒー断ち

今日はNさんの再入院日。

長命杉のあるお寺に行くのは、退院後のお楽しみとなった。

Nさんは、たぶん病気がわかってから、大好きなコーヒーを断っている。
いつも食事の後にはコーヒーを飲んでいたのに、紅茶に替えていた。

だから、

2014年5月18日日曜日

長命杉

たぶん、私だけじゃない。
Sさんも、ふとした瞬間に、いや、きっと、何かにつけNさんのことを思っているだろう。


今日はNさんのお誕生日。
「再入院の日が一週間伸びたから、ウチで誕生日を迎えることができる」
と、言っていたNさん。今日はどんな誕生日を過ごすのだろう。


2014年5月17日土曜日

Nさんとの約束

退院後、はじめてNさんの家へ行ったとき、いくつか約束をした。


ひとつ: Sさんも誘って、食事に行こう。
ふたつ: やずやに雑穀米を注文して、3人で分けよう。


一つ目は、先週の土曜日に実現した。丸一日おしゃべりを楽しんだ。
二つ目は、今日の午後。


2014年5月10日土曜日

トモニガンバル

がんを患ったNさんとは、子どもが保育園の時からの付き合い。もう、13年ほどになる。
もう一人、同じ保育園で知り合ったSさん。子どもたちが離れても、親同士の付き合いは続いている。
今日は、3人で近所に新しくできた薬膳料理を提供するお店に行った。

2014年5月9日金曜日

バンダナ

きょうは駅前のデパートに行って、2階のスカーフやハンカチの売り場に立ち寄った。
Nさんの頭に巻けるように、病院の中でもおしゃれが楽しめるように。


どんなのが好きかな。似合うかな。
あまり派手なのじゃ、かえって目立ってしまうかな。


2014年5月7日水曜日

さくらんぼ

3年前にサクランボの苗木を買った。藤まつりの縁日で売られていたのを、なんとなく買った。
ひざ丈ほどの小さな苗木。

去年は青虫だらけだったのに、手入れもしないその木に赤い実がきらきらと光っていた。



2014年5月6日火曜日

ガンと知った日

Nさんが入院したのは、4月17日だった。
その前日、中学生になったばかりのNさんの娘Hちゃんが、学校帰りに私宅に立ち寄った。
Hちゃんは保育所のころから、幼なじみのYちゃんといっしょにウチに英語を習いに来ていた。
素直で子ども心を持ち続けているこの二人。中学校の制服姿を見せに来てくれたのだ。