2014年7月31日木曜日

4回目の入院

朝、いつものようにコーヒーをたてて、口元まで持って行って気がついた。
今日はNさんの、4回目の入院日だ。
彼女が入院している間は、わたしもコーヒー断ちをしようと決めている。


ーまだ、病院には行っていないから、この一杯で終わりにしよう。
自分に都合のいいように理由をつけて、朝のコーヒーを飲んだ。
ーNさん、今日、入院?はやいなあ。
と、娘が言った。
ーそんなことないよ。いつもと同じ、3週間、家にいて、2週間入院治療。
娘は、ふ~んと言って、朝食のパンを頬張った。
何事もない、ふつうの、当たり前の朝の光景。


Nさんのウチでは、今日から、また2週間、その当たり前の光景がなくなる。
もしかしたら、もう、このサイクルがNさんの家族には当たり前になってきつつあるのかもしれない。


夏休みの三者面談で、高校2年の娘の担任が、東進の林修氏の言葉を借りて娘を鼓舞した。
「もう、今でしょ!!じゃない。受験競争にフライングもスピード違反もない!!他と差をつけるには、今から走れ」


私はその時、病気との闘いも同じだと思った。
フライングでもいい、スピード違反でもいい。打ち勝ってほしい。
ただ、ただ、それを願うばかり。


トモニガンバル隊のカレンダーを渡していない。
ーまた、お見舞い行くね
Nさんから「楽しみに待っている」と、返事があった。


彼女にとって、本当に役に立てることは何か、また、改めて考え始めている。

2014年7月29日火曜日

土用の丑の日

今日は土用丑の日。
Nさんがずいぶん前に、この日がうなぎの日だと教えてくれた。


前回の入院以来、食欲が落ちているといっていたNさん。
うなぎは食べられたかな。


Nさんは、以前勤めていたショッピングセンターの同僚を通して、うなぎを予約していた。


Nさんは、家族の誕生日はもちろんのこと、季節の行事も大切にしている。
そんなNさんを見習って、近所のスーパーへうなぎを買いに行った、。
店頭で、蒲焼きの香ばしいにおいがする。
ーひとつください


あと、何回、土用の丑の日に家族揃って鰻を食べるだろう。
Nさんのことではない。
土曜日の朝、ボランティア活動で5~6年の付き合いになる男性のMさんが、急死された。
70は近かったのかもしれないが、ついこの間もセミナーでお会いして、言葉を交わしたのだ。
そんなMさんが、ボランティアの最中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
うちで知らせを聞き、唖然とした。


人の命は予測不能だ。
だから、だれでも、考えたほうがいい。
今あることが、明日もあるとは限らないとうこと。


そして、Nさんは、誰よりも今そのことを考えているのだろう。
Nさんに言うことができるなら、こう言いたい。


  
  急がないで。ゆっくり歩いて。


でも、こんなこと、いえるわけがない。
彼女だってそうしたいだろう。できるものなら、そうしたいだろう。


夏休み、家族と一泊旅行に出かけるという。
なかなか、ご主人の仕事の都合がつかなくて家族で出かけるのはむずかしいと以前いっていたのをおもいだす。


まるで、氷のはった、悲しみという湖の上にたっているみたいだ。


あさっては、Nさんの4回目の入院。
戻ってくるのは、お盆の最中か。




  





2014年7月26日土曜日

内祝い

今日は、娘の出産の内祝いを配りに、朝早くから夫といっしょにでかけた。


先日、NさんとSさんが娘の赤ちゃんに会いに来てくれたとき、思いもかけないお祝いをいただいた。首がすわったら着られる服と、歩き出した頃に着られる服。
退院間もないのに、Sさんと一緒に買いに行ってくれたのだ。


Nさんはどんな思いで選んでくれたのだろうか。
自分は、孫の洋服を選ぶことができるのか。
そんなことはかんがえたくない。でも、娘の成人を祝い、結婚式を迎え、やがて孫の顔を見る、そんな当たり前の子どもの成長を、見たいと、、、願っている。


私は、娘が高校生の時に、そんなことは考えてことはなかった。当たり前すぎて、考えようがなかった。
でも、今はわかる。Nさんが教えてくれている。
当たり前のことなんて、ないんだと。


Nさんは、午前中、中学1年の娘さんが出場する吹奏楽コンクールを見に出かけていた。
お昼前に、内祝いを届けた。赤飯、紅白まんじゅう、のり。
それから、そのままSさんと3人でランチに出かけた。
私の夫は、Nさんと食事に出かけることを理解してくれていた。


限られた時間。。。
これは、Nさんに当てはまるのだろうか。


「わたしね、自分がこんな病気になるなんて、本当に信じられなかった」と、Nさんは言った。
ー健康体だし、よく食べるし、体力もあるしね。なぜかしら。
「ストレスやら何やら、いろいろあったからかな」


あと、10年は生きなければー
一度目の入院の後、Nさんが言った言葉が脳裏をかすめる。


10年のために、あなたは、いま、走っているの?あまりスピードあげないでよ、追いつけないから。







2014年7月1日火曜日

3回目の入院

先週の水曜日に、Nさんは3回目の入院をした。ウォーターサーバーの申し込みもちゃっかりやって、入院した。
今回は、1回目の時と同じ内科病棟で、同じ部屋だった。
入院して4日ほど経った頃、Nさんから画像付きのLINEが送られてきた。
「タオルでケアボウシ作ってます。」
相変わらず、病室でも時間をうまく使っている。前向きだなあ。


ちょうどその時、妊娠10ヶ月の長女が破水したので、私は娘と一緒に産婦人科にいた。陣痛を待って出産となるが、初産のためか子宮口が開く速度も、陣痛もゆっくりとしていた。
Nさんが入院して5日目のことだった。


SさんとNさんは、グループLINEで、娘にエールを送ってくれた。
「少しでも陣痛が軽くすむように祈ってます」
「嬉しい報告待ってます」
自分が産むわけではないけれど、ふたりのエールに心から励まされた。
娘は、月曜日の夜7時49分に、元気な女の子を出産した。破水から40時間、じんつうがおこってから18時間、分娩室に入って1時間40分という、超スローペースで、長い時間かかって誕生した。


ーやっと産まれました。おかげさまで母子ともに元気です。
私は、分娩後の娘と赤ちゃんのツーショットを二人に送った。


実は、火曜日にお見舞いに行くと約束していた。
Nさんは、私たちを気遣ってくれていた。
「バタバタしてるだろうから、無理しないで、娘さんについていてあげて」
ーだいじょうぶです。火曜日、Sさんと行くからね。あかちゃんの写真見てね。
Nさんは、楽しみにしていると言ってくれた。白血球もバリバリなので、問題ないと。


結婚や出産のことを話題にするのは、病気と闘う人にとって、はためには無神経と思われるかもしれない。
でも、私には強い願いがある。
Nさんに、希望を持ち続けてもらいたい。


わたしは、Nさんからたくさんのことを教えてもらっている。
いや、たくさんではなく、大事なことは、ただ一つなのだ。
それは、
「今、生きていることが喜びだ」
ということ。
孫の顔を見ることができて、わずらわしいことがあっても、生きているからできるということをわすれていけない。
こんな当たり前のことだけど、気づかせてくれる。
だから、わたしもNさんとともにがんばる。









2014年6月24日火曜日

ウォーターサーバー

先週の金曜日、ウチにウォーターサーバーが届いた。
むすめが出産するのを機に、ミルクも簡単に作れるし、夏に向けて便利だからと、夫があれこれ検索して、コスモのウォーターサーバーを取り寄せた。


Nさん
「わたしも購入しようと思ってたところ」
というわけで、今日は、ウォーターサーバー試飲会となった。
もちろん、Sさんもやってきた。


まずは、水から。そして、ホットドリンク。
Sさんは、別の会社のサーバーを既に使っている。
コスモはRO水と天然水を選ぶことができ、ワンウェイ方式といって、水のボトルをペットボトルとして捨てることができる。リターナブルだと、次の水が届くまで容器を置いておかなければならない。12Lの容器は、結構幅を取る。
コスモにしたもうひとつの決めては、ボトルを機械の下に設置できるという点だった。
サーバーの色も、6種類くらいあった。
ウチは、なぜだかピンクを夫が選んだ。


「motoさん、ピンクにしたんだぁ」と、Nさんが声を張り上げた。
「夫が選んでね。産まれてくる孫は女の子だからかな?」


Nさんは、Sさんの使っているサーバーと、私の使っているものとを比較するため、手帳を開いてメモを取った。
「帰って家族と相談するけど、設置するのは今度退院してからになる」と、Nさん。
―いつ、入院?
「明後日」
ーえ~~~~!!
私たちは、おもわず叫んだ。
ー時間がたつのって早いネ。この間、退院したと思ったのに。。。。


それは、Nさんだって思ってるだろう。だれよりも、そう思っているだろう。できるなら、入院なんかしたくないのだから。病気なんか、なりたくないのだから。


―あのね、お友達紹介キャンペーンがあってね、紹介した人が契約したら、5000円のキャッシュバックがあるんよ。Nさんが契約したら、キャッシュバック使ってみんなでおいしいもの食べに行こう。でも、6月中に契約しないとダメなん。


Nさんは、明後日入院するなら、今日中に決めなければならないから、難しいなと言った。
わたしも、無理だなと思った。


ところが、


その夜
「きめました。motoさん、お友達紹介使うから、また、みんなでおいしいもの食べに行こう」
Nさんからの報告だった。


明後日から、Nさんの3回目の入院が始まる。
そして、退院後は、いつもより豪華なランチが食べられるという目標ができた。
何回続くのか、詳しいことは聞かないし、彼女も何も言わない。
でも、私は、信じています。Nさんは、きっと、この病を克服すると。



2014年6月23日月曜日

日照山極楽寺

長命杉は、極楽浄土を思わせる庭園を通りぬけ数段の石段を上がったところに、
ひっそりと、しかし、堂々と立っていた。
幹にかけられた紅白のヒモ。そのひもを両手で持って、私たちは祈った。


弘法大師お手植えのこの杉は少なくとも樹齢1100年は超えているという。そして、この木の肌に触れると、その逞しい生命力の感応によって長命を保ち、 天寿を全うすることができるという信仰が永く伝えられている。
私たちは、その老大樹を見上げた。30メートルはあるらしいその杉の枝葉には緑が生い茂っている。それだけでも、この木の生命力のすさまじさに圧倒されるのだ。
霊気は、この木の幹に巻かれた紅白の紐をつうじて受ける。千年以上の風雪に耐えた老杉の霊気を受けると、長寿だけでなく病気平癒・身体健全・諸願成就が叶うと言われている。
わたしたちは紐を両手で持ち、目を閉じて一心にその霊気を受けるため心を静めた。
―どうか、彼女に命の力を与えて下さい。


―パワーもらえたかな?
「1100年も生きてる老杉よ。パワーもらえたよ。みんな、あと50年はイケるよ」
―そうそう、50年はいける、いける
SさんもNさんに同調して言った。


―あのねえ、50年はムリよ。せめて40年にして。
彼女たちより10歳は年上の私は、真剣に言った。でも、私の年を知ってか知らずか、SさんもNさんも平気な顔をして、繰り返す。
「50年よ。それくらい、元気で生きなければね。」


Nさん、本当にそうだね。もう、何も心配いらないよ。長命杉から命のパワーをもらったから。
願掛け地蔵にもまいったし、みんなでお参りしたし、お地蔵さんもこの老杉も、きっと私たちの願いを聞いてくるよ。
50年なんて言わない。でも、まだまだ、わたしたちには、やらなければならないことがたくさんある。
だから、ともにがんばろう。


Nさんの3回目の入院が、また、やってくる。



2014年6月17日火曜日

願掛け地蔵

やっと、Nさんを長命杉に連れて行くことができた。もちろん、Sさんもいっしょだ。といっても、実は、案内してくれたのは他でもないNさんだった。大爆笑の一日。「3匹のおっさん」ならぬ3匹のおばさんの濃い一日。